2013年05月25日

命の選択

先日のお休みは、急遽、広島に帰っていました。
「急遽」というときは、たいてい「良くないこと」が起こったときで、
今回も例外ではありません。私のいとこ(男性)が、
先週の17日に息を引き取りました。
今月でようやく30歳…という若さでした。

25歳のときに「脂肪の中にできる癌みたいなもの」…
「脂肪肉腫」というのかな…、
その病に侵されました。
風邪で病院に行き、何の気なしに
「脚に塊のような腫れがあるんですよねー」と言って見せたら、
お医者さんはあわてて精密検査をするよう勧め、
結局それが悪性の腫瘍だったというスタートでした。

小さいころから体格が良く、ずっと野球をやっており、
大学ではその身体を見込まれ、
アメリカンフットボール部に所属していました。
そんなスポーツマンの彼が、完治を目指し、
脚の後ろ半分を取るという大手術をしたのが2009年。
もちろん運動はできなくなったものの、
すっかり完治したと思われていました。
しかし、しばらくして腰に転移が見つかり、
福島や岡山で陽子線治療などを受ける、
つらい、つらい闘病生活を始めました。

とてもおとなしい子で、親子の関係もさっぱりしていました。
母親が「岡山に治療に行かんよーになったら、どうなるん?」と聞くと、
息子は「そりゃー、死ぬだけよ」とあっさり答えるような感じ。
しかもその会話をあっけらかんと私に話す、いとこの母。

もちろんそれは、気丈にふるまっていたからこそ。

最後はホスピスに入ったいとこ。
ご両親は最後の最後まで諦めず、丸山ワクチンを取りに
東京まで往復をしたほどだったと言います。
丸山ワクチンの是非はあるようですが、
「できることなら何でもしてやりたい」という親心です。
アメリカまで治療に行くことも考えていたそうです。

いとこは、望んで、望んでできた子でした。
ご両親は結婚後しばらく子宝に恵まれず、不妊治療を受けていました。
それがやっとできて、私にとっては12歳も違ういとこになりました。
家に遊びに来てくれた時は、
学校で「今日、赤ちゃんがいるんだよー♪」と自慢して、
走って帰ったのを覚えています。
お世話がしたくて、したくて、おむつ替えをしたら、
おしっこがピューーーッと飛んでビックリしたっけ。

そのいとこが病に侵されたと聞いたときは、
「もうダメなのかもしれない」と、胸騒ぎが続く日々でした。
でも4年という闘病生活が続き、
いつしか、「きっと治るんだろう」と
私の気持ちに余裕ができていたのは確かです。

その彼がホスピスに入り、死を待っているのだと知ると、
いてもたってもいられない気持ちになりました。
特に三冬の笑顔を見ていると、涙が止まりませんでした。
いとこもこんな風に愛されて育ったんですよね。
今なら痛いほどわかるんです。
ご両親がどんな想いで息子を育ててきたか。

そんな愛情をよそに、子どもというものは、特に息子というものは、
ぶっきらぼうを貫くんですね。
自分が病気になったこと、どんな感情で受け止めているのか、
よくわからないほどあっさりしていたいとこ。

でもホスピスに入ってからのある晩、

「いやだ、いやだ! 死ぬのは怖い! 死にたくないっ!」

と、ひとしきり泣いたと、いとこのお母さんが教えてくれました。

「でもね、わんわん泣いたらスッキリしたみたいで、
それからは一回も言わなかったよ」

どれだけ怖かったか。

またそれを息子の口から聞く母親は、
どれだけ胸が痛かったか。

生きていたいのに、死を選択しなければならないって、
本当に、本当に、そのつらさは想像できないほどです。
悲しい。無念。

今はただ、安らかに眠ってほしい…、それしか言えません。

生まれてきてくれてありがとう。よく頑張ったね、Y。

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バイクタウンプラス店主より

posted by BIKE TOWN at 15:13| Comment(0) | BIKE TOWN PLUS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする